特殊指定

永田議員の偽メールにより、なんと今は、民主党の党首選びが渦中の話題になってしまい、ライブドア姉歯建築士、ヒュザーの小島社長、等と言う並み居る事件は吹っ飛び、更に永田元議員の話題さえ上がらなくなってしまった。

 伊藤議員は今頃胸をなでおろしているのだろうと思う。

 いやこれが、普通と思えば納得できる。新聞も新聞、TVもTVである。あれだけ焚きつけていたニュースをいつの間にか放り投げ別の話題に飛びつく。世間の人の興味が無くなったというわけではなく、ネタが無くなったというマスコミの都合で問題解決までフォローしないのは問題ではないのだろうか?

 いつも高所から見下ろしたようにいう「マスコミの使命」はどこにあるのだろうか?
 それにしても、政治面や特集ページにのる「特殊指定」の記事の節操の無さにはあきれ返ってしまう。新聞社に擦り寄る或いは擦り寄られる国会議員や地方議員は何を考えているのだろうか?

 これだけ、新聞社が横並びに共同歩調をとるのは、「談合」と同じである。いつも、他の業種の談合は厳しく断罪するのに、新聞社が歩調を合わせて世論を操作するのに良心の呵責を覚えないのだろうか。

 どんな田舎の町にでも宅配するということに利点は何も無い。今の時代新聞をわざわざ運賃を掛けて運ぶより、インターネットなりを使った方が合理的だと思う。その機械を扱えない人が対象なら、使いやすい物を作るのが進歩なのだと思う。確かに紙の印刷は、グーテンベルグが発明してからずっと廃れない技術かもしれないが、その技術そのものは絶えず進歩を遂げてきているわけである。それなら、新聞もハンドヘルドPCのように手に持ちページを切り替えるものに置き換わっていいはずである。

 この発想は、おかしいのだろうか?