クリスマスに考えたこと(札幌集中主義の現状を憂える)

昨日は、クリスマスイブだったわけだが、既に23日にクリスマスケーキを食べてしまい。昨日の休日は、余ったチキンなどの残り物を食べる結果となった。
 
 ということで特に美味しいことは何も無い休日だった。そのままごろごろするはずが、昼間に用事があり、それをこなすために来るまで出かけたのだが、やはり札幌市内の車の量は多かった。

 何時も言うようだけれど、都市交通政策の失敗であると思う。碁盤の目の様に整備された道路が縦横に通る市内中心部だが、ここに札幌周辺の市町村から流入する車の制御仕切れていない。札幌市内中心部を通る高速道路などはもう少し工夫が必要だっただろう。更に、札幌を十文字に横断する地下鉄も、その駅周辺の土地事情で、郊外から来るまで出かけてくる家族連れを受け入れる駐車場が無いことと。有ったとしても車の駐車場代と地下鉄の乗車料金を合わせれば、市内の駐車場に車を止めた方が安上がりに成るという結果が、市内の道路の混雑を生む結果だろう。

 札幌市も充分に巨大化し、住宅などはどんどん郊外にできている。また中心部にも高層マンションが立ち並び、市中心部から少し離れれば空き地や空き家、空き店舗が目立つ状況である。
 この辺りの構造を変えていなければ、地下鉄はいつまでも毎年赤字を出し、街中は、車の渋滞と排気ガスに汚染され続けることになる。

 もう一つ、札幌の都市計画が上手く行かない原因に、道庁と市役所の関係がある。北海道の運営は、北海道庁が担当しているのだが、それと札幌市がかぶさってしまう。
 これは、日本と東京都との関係に似ている。日本でも首都移転が言われているが、北海道庁の移転を考える必要がある。
 例えば、札幌より千歳空港に近く、交通の便が良い、北広島、恵庭、千歳辺りにその機能を移すべきだろう。
 
 これだけ肥大化した都市、札幌に北海道庁がある必要は無く、事務的な機能から言えば、他の市に有っても良いだろう。

 そろそろ北海道も、脱札幌を目指す時が来たのかもしれない。洞爺湖サミットも開かれることだし、そういったダイナミックな変化を起こさなければ、北海道は変わっていかないだろう。

 クリスマスにまったく似合わないことを書いてしまった。