病は気から

 曇り、東京は強風らしいが北海道は、穏やかな朝である。朝方雨が降ったらしく路面は濡れている。この暖かさで雪解けは急速に進んだ。


 最近少し気になるのは、病気の人が増えたことである。とは言っても、半分程度は、気の病と言うことが多い。

 昔と今が違うのは、殆どの症状に病名が付けられることである。昔なら凡そ気の病と片付けれれていたものが、次々と病名が付けられる。
 何とか症候群、何とか症と名付けられるが、その治療法は判っておらず、本当に病名を付けて良いのか判らないものもある。

 患者の方は、自分に病名を付けられたことで納得したり、却ってその病名を否定するために病院をハシゴすることになる。
 病名が判ったところで、治療法が無いため精神安定剤などを処方され有耶無耶にされることもあるだろう。
 またその病気の多くの原因がストレスと断定し、そのストレスを無くすようにとのたまわれるが、その原因が職場であったり学校であったりするため、その生活から切り離すことなど不可能に近い。
 
 現代社会に生活するうえで、ストレスのない生活など有り得ない。何故なら道を歩けば棒に当たるような生活を毎日送っているからである。
 その生活から逃げ出すには、手っ取り早い方法としてニートになるしか無いだろう。
 
 もし本当にストレスから逃げない方法を編み出すとしたら、もっと酷いストレスを受けて精神的にストレスに鈍感になるしか無い。
 しかし、極限のストレスに耐えれるように成ってしまったら、戦場に行った戦士が、精神的な障害を負うように、それはそれで重篤な精神的な病に陥る可能性が高い。

 本当に病は気からと言うように、病は精神的なアンバランスから生まれて身体的な症状を引き起こすことが多い。その身体的な症状を表した患者の中の何割かに本当の病気が隠れていることがあるため、名医と藪の違いが生じることになるわけである。

 しかし、名医と言えど、全てを見通す力を持っている事はなく、何割かの診断を誤ることは起こりうる。また藪とは言えど、偶然本当の病気を見つけてくれることがある。
 名医と藪の違いは、その見落とす確率の差に過ぎない。そのため運が悪ければ手遅れとなりこの世を去らなければならないことが起きるわけである。それもその人の運命と言わざる終えない。
 
 自分の病を治してくれる人がその人にとって医者に限らず名医に違いない。