本能

 快晴、気温は16度。これから気温はぐんぐん上がりそう。

 昨日は、朝一の飛行機で日帰り出張していたので北海道が快晴だったのを知らない。自分にとっては今日の空は、心が晴れる気がする。


引用 日本経済新聞http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK29H0A_Z20C16A6000000/) 

イスタンブールシナン・タウシャン】トルコの最大都市イスタンブールのアタチュルク国際空港で28日夜(日本時間29日未明)、複数回の爆発が起きた。イスタンブール県知事によると、28人が死亡し、60人が負傷した。3人の自爆テロ犯が犯行に及んだという。

 アメリカの銃乱射、北朝鮮のミサイル発射、そしてテロ事件。共通するのは、人は武器を持つと使うということである。過激的な思想を持つから銃を持とうとする。そしていったん武器を持つとそれを試してみたくなるあるいは使うという行動に必ずでる。

 それでは、日本はどうかというとヤクザ組織は武器を隠し持っているが、一般人は、法律で禁じられているということで敢えて武装する人間はいない。しかし、定期的に通り魔的犯行が起きる。その際、持っている武器は包丁やナイフなどの比較的少数の人間対象のものである。もし、その包丁が銃になれば日本でも大量殺人が起きる可能性がある。


 人がそういう武器を持てば使うという生まれながらの習性で、古くは原始人が石槍を作り狩りなどに使用したように、本能的に武器を携帯しようとする。

 では、この習性といえる行動を如何に抑えるかが問題となる。そこで考えたのが、自分が武器を持つ当事者にならず他の人にその役割を託すという方法である。日本では、警察官や演習中の自衛隊員に武器の所持を許している。それは、彼らが自分たちを故意に攻撃してこないという仮定があるからである。

 彼らをお守り役とすることで自分から武器を手にすることをしなくてよい社会を作り上げたからである。その点は、日本の社会の方がアメリカよりは優れていると思う。

 だから、アメリカ人の一部が頑なに銃の所持を民間人に許すことが不思議である。もしかすると、警察や軍隊をも信じていないのかもしれないということなのだろう。それは、アメリカの成り立ちが、銃で先住民を追い払い、彼らが占領した土地を取り返しに来るのを銃で追い払った歴史がそうさせるのだろう。アメリカ人にとって自分たちが暮らしている社会は、いつでも敵が襲ってくる環境で、それから自分の身は自分で守るという考えが刷り込まれてしまっているのであろう。

 そして、規模は大きくなるが国が持つ兵器も同じである。武器を所持したり開発したりすると訓練、テストといってその武器を試してみたくなる。それは、想像通りの性能を発揮できるかという確認以外に、生まれ持った遺伝子が動き出すからである。

 子供のころ、花火や爆竹で何かを爆発させた記憶が男の子なら必ずあるのではないだろうか。本当に本能だと思う。完成されたものを一瞬のうちに破壊したいという衝動は常に心の奥底に眠っており、それを自分が体現しないために、ゴジラ映画などを見てその本能を発散させ自分の衝動を和らげている。

 我が我が持つ本能は、何かを作り上げて完璧に完成させるという心と完璧に作り上げたものを破壊したいという欲望でできている。その欲望の中に銃などの武器を与えてしまうと何かを破壊する行動を選択してしまう。本当に厄介な動物である。