職人の心意気

職人気質というものが有った。それは、100%完璧を目指す心だと思っている。

 遠い昔の事はわからない。でも職人、神業と呼ばれる人はいた。更にその域に達しようとする人がいたと思う。

 振り返って、自分はどうだろう。

 何故こんな事を書くかというと、最近の技術者にこの心意気を感ずる事が少なくなってきたからである。100%の仕事を目指す人が少なくなっていると感じる。
 情報系のメンテナンス、保守などは、100%達成していなければ、99%達成していても障害の発生を予防できない。残り1%の見落としが残り99%の達成を無意味なものにしてしまう事が往々にしてある。このようなことは、色々な職業にあることである。

 最初から99%で満足していては、何事も100%の域に達する事は出来ない。更に99%を目指す人は、90%の出来でも満足してしまう。そしてそういう仕事を繰り返し行うようになる。
 
 技術者は、昔で言う職人である。例えシステムが90%の設定で動いたとしても、それに満足してはいけない。常に100%の完成を目指している気持ちを見せてくれなければならない。
 顧客は、とりあえずシステムが動けば、満足する。もしかしたら100%では無い事を知らないからである。しかし、後々必ず出てくる不具合から、そのシステムに疑問をもつことは間違いない。その時に初めてシステムが100%のものでなく90%の力で動いている事を知るのである。
 その時必ず、文句を言う。「100%動くのが当たり前だろうと」

 戦後、色々なものが機械化され、コンピュータで制御され、人の手が関わらなくなって久しい。その間、職人気質というものを伝える或いは教える人が居なくなり、教科書でしかその技術を学ぶ事が無くなった現在、いよいよもってその姿勢を見につける事が出来なくなってしまったのかもしれない。

 だから、このままで良いと言う訳ではない。自分の周りだけにはその気持ちを伝えたいと思うし、更に自分はどうなのという気持ちを忘れずこれからも精進しなければと思うこの頃である。