マスコミ 世論操作

今日の朝は、雪。薄っすらと雪解けが終わった地面を覆っている。逝く冬を惜しむかのように雪は空から落ちている。
 公園のまだ葉もつけない枝に降り積もる景色は、12月に舞い戻ったような錯覚に陥らせる。


 話は、今日の本題。それは、土台のしっかりしないマスコミの世論操作について。その顕著な例が、つい先日まで続いた福田叩きとそれに付随したガソリン税の暫定税率の見直し。

 あれほどまで福田総理を追い落とそうとしていたマスコミが、今週から徐々に風向きを変えて来た。正に世論を操作しようとする動きに思えてならない。
 それを陰謀論と一笑に付されるかもしれないが、本当は、マスコミは、ガソリンの暫定税率には反対ではなかった、しかし、国民の大多数が反対と知った時点で、それに迎合し様とした。しかし、この期に及んで本来の世論操作を始めたといって良い。
 それが新聞、TVの論調である。それは、日本を判っているのは頭の良いマスコミのほうだと。頭の悪い大衆の心はいつでも動かして見せるという傲慢さの現われだと思われる。

 なぜマスコミは、時の政権を追い落とそうとするのか?それは、マスコミが日本を動かす重要な歯車であるということを国民ひいては政治家に誇示して見せたいからである。
 政権を追い落とす力をマスコミが持てば政治家に対する影響力を持てるし、何らかの利益を得ることができる。
 
 しかし、その流れも変わってきている。それは、20代、30代が、新聞、TVを見なくなったからである。いくらマスコミが世論を操作しようとしてもその情報に接しない人口が増えれば効果は減じるのは当然である。
 
 この流れを変えるには、若者から携帯電話とPCを取り上げるしかない。それがマスコミにできるのか。その端緒が情報規制ということになるだろう。
 
 しかし、本当に若者は新聞は読んでない。残念新聞社。