大学入試

 大雪、瞬く間に10cm以上の積雪になってしまった。今日は降り続くらしい。気温はマイナス2,3度。

 

 京大のカンニング犯は特定されたらしい。あれほど大々的にやるニュースなのか不明。放送を作る世代が自分たちの意識の中で大問題としている向きもある。

 勘ぐれば、インターネットに対する対抗意識なのだろうか?

 カンニングに対する悪意よりも、インターネットなどという自分たちが考えもつかない技術を使ったことが脅威に感じているのかもしれない。

 あるいは、神聖な大学入試試験を通ったという確固たるプライドの基盤の上に立ち続けるためにもこういったことは排除しなければならないという、ある種の学歴に由来する何らかのものが潜在意識の中に隠されているのかもしれない。

 本来ならこれほど私大を含めて大学入学者が増え、さらに少子化により定員割れする時代に、大学入学試験の意味が徐々に薄れてきている感じがする。

 高卒の基礎学力を計る試験を大学進学者に可しその結果をもとに面接なりで入学者を選抜する方式でよいように思う。大学入学時に中学レベルの再教育を行うような大学教育に何の意味があろうか?

 

 もし大学がハイレベルな評価を求めるなら、卒業を難しくすればよい。卒業が難しいと知れば、それ相応の学生は、入学をあきらめるだろう。卒業しなければ就職したくとも大卒の資格はないわけだから。

 そのように入学者を振り分けることができれば底辺大学と呼ばれ入学者数が減じている大学もそれなりに入学者が増えると思われるがいかがだろう。