晴れ、風が有り気温も低い。

 北朝鮮のミサイル発射問題、コメンテーターの考えるレベルは、やはり同じである。切り口は、やはり彼の年齢である。あの若さで一国の指導者になり、人民を動かすためにどうすれば良いのかをまだそれほど経験していないだろうし、小さいころから特別扱いされてきたのだから自分で学ぶことも無かっただろう。という論理である。

 誰しも若さが問題だろうと考える。しかし、そこで自分の周囲に置き換えると、若さが故に指導者に成れないという事は無い。逆に年を取って経験を積んだ大人が立派な指導者に必ずなれるわけでは無い。本当に大した経験を積んでいないのに地位が上だからと言って威張り散らしたり、我儘を言う輩は大勢いる。その下で働かなければならない苦労を大勢の人間がしてきたはずなのに、その苦労の結果、また同じような事をする。

 一国の指導者にふさわしい人物に成れるのは、良い経験を積み、良い業績を上げてきて尚且つ、タイミングが必要である。それは、時代の要請というものである。それに適合していなければ、どんな立派な人間であろうと人を良い方向へは導けない。

 日本でも、徳川幕府の代々の将軍の中には若くしてその地位に就いた者がいる。その若さで徳川幕府がつぶれたわけでは無い。徳川幕府という組織が代々、若くして主君を担いだとしても何とかやって行けるルールをきちんと決めていたからである。

 そのために家老と呼ばれる後見人がいたし、上が無能でも何とかやって行けるような統治機構が整備されていたのである。

 北朝鮮も同じである。後見人の権力者争いがあるが、主君を神輿に載せてかつぐ組織が今までの間に整備されていると考えれば良い。神輿に乗った殿様は、進む方向を指し示すか、或いは寝ていても構わないのである。

 却ってこういった組織は、担がれる人間は、無能な方が良い場合もある。その方が上手く機能する。

 今回の件、彼は、ミサイルを発射せよと命じただけだろう。それを下のものがどのように解釈して行動に移しているかが肝である。上がいった事を拡大解釈したり、見当違いのことをすることも有る。しかし、それもすべて結果良ければすべて良しであり、失敗すれば責任者の首が飛ぶだけだろう。

 そういった国を相手にする場合、どこかで暴走することを肝に銘じて対処しなければならない。犬にかまれるようなもので、頭からの命令も無く、反射的に口が動き人を噛むという事は往々にしてあることである。