人を殺すということ

 曇り、気温はマイナス2度.雪は降ってはいないが何時雪が降ってもおかしくない.それでも来週は気温が上がるという予報が出ており、これで雪が降り融けたところで気温が下がるとツルピカ道路の出来上がりで非常に怖いことになる.

www.youtube.com

 非常に恐ろしい事件である.寝ている間に火を放たれて逃げ遅れる子供.子供にとって不幸の何物でない.犯人は同居している叔父ということであるが、中々複雑な状況が有りそうな雰囲気である.色々な形での同居生活が有ると思うが、親族なら安心ということは無いということである.それは、いつの世でも同じといわれれば身も蓋もないことなのだが、一時期愛し合っていた夫婦でも殺し合いはするわけで人と人の間の憎しみは、どこで爆発するか判らないということである.

www3.nhk.or.jp

 最近立て続けにあった列車内での殺人未遂事件に触発されたのか、犯罪に対して歯止めが下がっている感じがする.自分の不幸を他人に転嫁し心の平安を求めているのだろうが、それの犠牲に会う人にとって言いがかりでしかない.この事件の動機などは何も分かっておらずここで何を言っても推測でしかないのであれだが、子供だからそういうことはしないという概念は、ある一手の割合で無効になる.人を殺すことで自分の幸せを得ることは究極の選択である.子供心に相手が目の前から消えて欲しいと願うことは往々にしてある.それに対して自分で抹殺する勇気を持ち合わせていないのが普通であるが、一定数それを本当に実行しようとする人間が存在する.それは、矯正できない性格からなのか、そう思い詰めるほど追い込まれたのか判らないが、それも実際に起こりうることである.

news.yahoo.co.jp

 この事件、既に多くの事件の陰に隠れてしまい思い出すことは無かったが、こういったニュースを目にするとこの事件も終わってはいないのだろうと思う.この事件の前にも異常犯罪を起こした少年がおり、この事件もワイドショーなどに長い時間報道されていた記憶がある.あれから8年が経つにもかかわらず高裁は彼女の少年院からの出所を認めなかった.その理由は、未だ殺人に対する欲求が消えていないということである.弁護側は、改心したと擁護しているがどちらが本当に正しいのか判らない.本当に社会に出て真面目に過ごせるのか誰も判らないことであるし本人も判らないことかもしれない.

 

 昔、人を殺せば犯罪になるのに戦争で人を殺しても何故犯罪にならないかという疑問があり、それに対する答えは、いかなる場合でも人殺しは罪であると宣う人がいた.しかし、自分の身を守るために争い結果的に人を殺してもそれは許されるという宗教があるように、人を殺すことが罪とは限らないところに人間の業がある.

 人はいざとなれば人を殺すことがある可能性を持つ生き物であり、それは野生動物と何ら変わらない生きるための本能のようなものを持っている.それが、生きるためではなく憎しみで行動することができるのが人間という生き物なのだということを自覚していなければならない.歯止めをかけるのは人であり、それを防ぐことができるのも人である.