日の丸

 晴れ、気温は15度。

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 西日本は梅雨前線と台風7号の影響で大雨のところがある。その影響が少ない東日本と北海道は晴れ間が広がる。北海道はすぐに西から低気圧が近付いており明日に向けて下り坂の天気になりそうである。

 

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 自分の日の丸、君が代の思い出。小学校のころ校庭にある国旗掲揚ポールに何かの行事の際に日の丸を掲げる担当は校長と教頭の役割だったことを覚えている。その時たまたまいたので声を掛けられロープに日の丸の旗の紐を結び付けた記憶がある。小学校中学校の入学式、卒業式には檀上に日の丸が掲げられ君が代が流れるのだが、担任の教師は口を噤み歌うことは無かった。その時子供ながらに君が代は歌わなくてもよいのだと思った記憶がある。そういえば音楽の教科書に君が代の楽譜があったが学年によって教える教えないの違いがあり、君が代の歌詞の意味を教えてくれた授業があった記憶がある。しかし、それが音楽の教師だったか担任だったか記憶は曖昧である。

 その時代に教わった自分にとって国という国家権力に逆らうことがある意味格好の良いことなのだと思っていた節もある。その頃、教師に国歌を歌うことを指導していた。それに反対してデモを行い授業ボイコットということもあった時代である。

 そんな子供時代を過ごした自分にとって国旗、国歌の位置づけは徐々に変わっていった。その大きな理由は、今行われているようなW杯、オリンピックなどで日本代表が出場するとき流れる君が代、日の丸である。日本を代表して出るときに君が代が流れているのに口ずさまない選手を見て違和感を覚えるようになった。その理由は、多くの国の代表がそれぞれの国の国家が流れるときに堂々と口ずさみ、勝利したときに自分の国の国旗を纏いグランドを一周する時、やはり国の代表というものはそういうもので、国旗国歌がカッコいいものに変わった。

 

 今回の国旗損壊罪の法制化が国会に提出されることになったとき、自分は当然だと思った。今まで外国の国旗に損壊罪があり日本の国旗に損壊罪がないことが何故と思うようになった。これまで日の丸に対して損壊罪が無かったのは、第二次世界大戦後、アメリカ軍占領の歴史を経て、一部に戦争責任の一端として日の丸、君が代問題というのがあった。その当時、日の丸、君が代以外の国旗国歌を作ろうという運動があったのも知っている。そのことが日の丸、君が代の国旗国歌論争になった。そして正式に日の丸が日本の国旗として制定されたのが1999年の国旗及び国歌に関する法律であり、そこに至る論争が今に影響を与えているのである。

 しかし、道新の社説ではその歴史が語られることは無く、ただ単に表現の自由、内心の自由という簡単な言葉でスルーされてしまっている。戦後から始まった義務教育の中で国家国旗というものを否定していた日教組所属の教員が子供たちに国家国旗というものをどのように教えてきたかの歴史が今の日本に及ぼす影響は大きい。

 そして、道新は今更国旗損壊罪で取り締まるより今まで器物損壊罪という法律で取り締まっていたのだからよいだろうと説くが、それは上辺だけのことである。本質は、日本という国のアイデンティティをどのように構築するかということにつながる。日本国民であれば日の丸、君が代を国旗国歌として受け入れ敬意を表する必要があるのは当然であるということにつながるのである。その辺りの部分を追求すれば大論争になることを恐れ遠慮しながら国旗損壊罪に反対する社説を書くのは如何なものかと思う。

 もし、国旗損壊罪というものに反対するのなら堂々と国旗国歌の正当性にさかのぼり堂々と論じるべきである。国会で議論する野党も同様である。日の丸を損壊してよいと考える議員は日の丸を国旗として認めるのか認めないのかその信条を明らかにすべきで内心の自由などという言葉で逃げるべきではない。