空には雲が浮かんでいる。その雲の間から時折太陽が顔を覗かせる。
朝6時頃に花火の音が町内に響き渡った。どこかで運動会が開かれるのだろう。少し風は強いがこれなら中止になることはないだろう。
北海道では、この季節に運動会が開かれるところが多い。本州では、秋の大運動会なのだろうが、北海道は別である。
この頃が比較的青空が多いということかもしれないが、地域によっては肌寒かったり雨で流れることが多いところもある。
昔、小学生の頃は、あの花火が上がる音で目覚め出かける用意をしたものだ。
小さい頃は足が速いほうだったのだが、一人足の速い男の子が居て、そのこと同じ組になると一位にはなれなかった記憶がある。
あの頃は、1位とか2位とかになると賞状ではなく、ノートとか鉛筆をもらえた。今なら不平等だといってPTAからクレームがくるだろう。
それでも、走る速さだけではなく運によって入賞できたりしたのでそれなりに問題は起きないようにできていたと思うが、やはり、気の毒なくらい活躍できない子はいた。
それは、端で見ているだけで胸がきゅんとする思いをした気がする。自分だけが仲間はずれになる気持ちは良くわかっていた気がする。
更に、そんなことに無関心な教師も居た。しかし、その頃は親には反抗できても、教師に対して反抗しようと言う気には成れなかった。子供たちは皆純朴だった気がする。
しかし、その頃にも既に荒れた学校と言うものが存在し、大都市の学校では既に校内暴力が存在していたので、全ての子供が純朴であったわけではない。
運動会の思い出といえば、お昼のお弁当であった。重箱に、海苔巻や、お稲荷、玉子焼き、煮物など、あと果物は必ずバナナだった。そしてグランドの周りには出店が出ていて、必ず銀玉鉄砲や紙玉鉄砲を買ってもらった記憶がある。
小学生にとってあれはお祭りに近い行事である。
月日は経ち、自分の子供たちも既に大きくなり、もうそんな行事に参加することもなくなってしまった。それだけ年をとったと言うことでもある。
そういえば、運動会には必ず地域のお年寄りが参加していた。きっと自分たちが参加していた運動会を懐かしんでいたのだと思う。既にその年齢に近づいてきているのだと思うと寂しくなったりする。
こうして土曜日が半分過ぎていく。