ひこうき雲

 晴れ、気温はマイナス20度。


 3連休も終わり、何となく体がだるい。これも休み疲れだろうか。


 最近、NHKのSongsという番組を録画して見ているのだが、今まで余り気にしていなかった歌手の歌が素晴らしく、レンタルCD店から借り聞きなおしている。

 その中で久しぶりに聞いたのは、荒井由美さんの曲である。最近アニメ映画の主題歌として使われた縁で、テレビなどで良く聞くようになった。

 アニメの主題歌は、「ひこうき雲」であるが、あの頃聞いた思い出では、歌詞まではよく理解していないで聞いていたことに気付いた。あの頃のひこうき雲という曲の思い出は、何かに挑戦しようとしている少女の曲だと思って聞いていた。しかし、Songsという番組で聞いた話は、若くして死んでしまった友人を思い作った曲だという事であった。

 そして自分でもよくよく聞いてみると確かに、若くして亡くなった女性を歌うものだった。

 あの頃は、まだ幼く、そう言った感情も無くただ聞いていたというだけだから、訳も判らずに聞いていたのだろう。少し悲しいメロディーとユーミンの鼻に掛かった声が哀愁を帯びていたという記憶はある。

 あの頃、そういったメロディーの歌が流行った。丁度フォークソングブームと一致していたが、ユーミンの曲は、そう言ったフォークソング歌手と違い、少し上流階級で過ごす女性の歌だった。

 

 フォークソングが泥臭く、貧しい学生の歌であったの対して、ユーミンの曲の背景は、ヨットであったりホテルであったり少し大人の雰囲気を帯びていて一線を画していた。

 

 その頃の自分が、裕福な家庭に育ったわけでもなく、そういった洗練された生活と無縁だったせいで、心の奥底で拒絶するものが有ったのだろう、聴いてはいたがそれに感情移入することも無かった。

 そして、改めてそういった大人の年齢を過ぎてしまった今、また別の聞き方があるのだという事に気付かされた。あの頃感情移入して聞けなかった曲も、その時の時代背景を思い浮かべながら今と比較して聞くというのもやはり違うものだと思う。

 今でこそ、日本人の社会的生活能力は、その当時と比べて格段に向上したと思う。その最大のものは、情報だろう。そして最低限の生活を保てる国民の数は増え、大部分の人がそういった暮らしができるようになった。その中で聞けば納得できる暮らしなのかもしれないが、その当時、そういった暮らしができるのはやはり都会の一部の人間でしかなかった筈で、割合から言えば今より相当限られていたはずである。

 実を言えば、きっとそういう生活ができる階層にあこがれていたのだろう。北海道の片田舎に暮らしながらどうやったらこの現実から抜け出すことができるのか模索し、それが自分の人生の最大の関心事であり、それが出来なければ、どこかに埋もれてしまうかもしれない恐怖と戦ってきたのだと思う。思えば、何となく必死だったのだろうと思うと同時に、本当に必死に抜け出す努力をしたのかと昔の自分に行ってやりたい気がするのだが、その結果が今の自分である。

 過去に戻りその時の自分に何とかなっているよと伝えたいと同時に、もっと努力できただろうと叱咤したい気持ちが入り混じった感情を抱かせる。

 荒井由美さんの曲を聴きながら思う事である。