宗教戦争では無く犯罪

 晴れ、まだ風は強い。気温は5度。昨日の夜は強い風で手に持つ傘が吹き飛ばされそうだった。


引用 スポニチhttp://www.sponichi.co.jp/society/news/2015/04/04/kiji/K20150404010107670.html) 

ケニア東部ガリッサの大学を武装集団が襲撃した事件で、ケニア国家災害対策センターは2日、147人が死亡、79人が負傷したことを明らかにした。ケニアでのテロとしては最悪規模の被害となった。共同電によると、同センターは587人の学生が避難し事件当時大学にいた全員の安否が確認されたとしている。

 地元メディアによると、ヌカイセリ内務・政府調整相は、治安当局が突入した際に容疑者4人は体に装着していた爆弾を爆発させ死亡したと述べた。隣国ソマリアイスラム過激派アルシャバーブが犯行声明を出した。

 この件で首謀者とされるモハメド・クノ(モハメド・モハムド)容疑者を指名手配したとされるが、この犯罪を犯した組織がイスラム系過激派とされることから確保は難しいだろう。

 アフリカ及び中東は中々争いから抜け出せないでいる。争いの無かったころは、王国であったり独裁者が支配していたところで政変により無法状態に近くなってしまった。法治というものが根付いていないため、武器、弾薬、或いは麻薬などが大量に流入してより治安を悪化させるという悪循環である。例えるなら北斗の拳状態に近いのだろう。

 今回もキリスト教徒のみが殺されたということであるが、明らかに西洋文明に敵対している所を誇示するための行いで、何らかの政治的思想では無く、自分たちの勝手な理由で人殺しをしているだけである。


 例えば、日本がこういった無法地帯と陸続きであったとしたらどうだろう。国境の周囲に高い壁を作り侵入者を拒むのだろうか?

 その高い壁を越えてイスラム過激派が日本人を捕虜にし、仏教徒を選びだし殺したりする事件が頻発した場合どのように行動するだろう。

 日本人の選択は?

 イスラム過激派に対して抵抗するだろうか?あるいは抵抗せず自分の信ずる道を選び無抵抗のまま死んでいくのだろうか。

 

 日本が四方を海に囲まれ容易に他国の人間が侵入できにくいという地理的利点を生かして存在していることに慣れてしまい、他国が攻めてくるとは多くの人が信じていない状況である。もし攻めてきたら、警察が、自衛隊が守ってくれると勝手に想像しているのだろう。

 そういう意味で日本人を平和主義に駆り立てているのだろうと思う。平和主義は、世界中の人すべてが争う事を放棄した時に達成する。しかし、これ程世界が多種多様化している状態で争いの種は尽きることは無い。

 もし、種が尽きたならそれは平和主義者の勝利だろう。

 では、その種が尽きるまでの過度期の間、平和主義者はどういった行動を取るべきだろう。

 現状は、平和主義者の課題は多く、この日本にいては世界の全ての人を平和主義者に変えることはできないだろう。

 果たして、紛争地域に乗り込み平和主義を唱える真の平和主義者は現れるのだろうか?