曇り、気温は17度。風が強い。
女子W杯サッカーでなでしこジャパンは華麗に散った。実は試合はFIFAのダイジェストでしか見ていない。その感想でいえば、華麗では無くむごたらしくと言った形容が相応しいというのが感想である。
ここまで来れた分だけ期待は大きく、あれ程開始早々から試合を決定づけられてしまうと事前に盛り上がりを見せていたため落胆も大きいだろう。
そして女子サッカーも世代交代の波が押し寄せなければいけないはずなのに、今回優勝したアメリカなども上手く世代交代は行っておらないように、日本も4年後に不安を残すこととなった。
やはり、女子サッカーも体力、体格勝負という側面を見逃せないという事である。今までは、あくまで女子サッカーは男子サッカーの傍流であり、世界の国々が強化に尽力することは無かった。しかし、ここ数年各国に女子サッカーリーグが出来、大きな組織に成るに従い、国の名誉のために勝てるチームを育て始めてきた。
そのため、技術的に他の国より一歩抜け出ていた日本も、既に追いつかれ始め、技術が同等なら体格や体力勝負に持ち込まれ始め、体格に劣る日本もその技術だけでは勝ち残れないという事が判ってき始めた。
しかし、この体格はそんじょそこらじゃ手に入れられない。何故なら、比較的体格に恵まれたスポーツ選手は、バスケットやバレーボールに奪われるレールが既に存在するからである。
女子も幼少期からサッカーを始める時代になり、その時点で女子サッカーを選ぶ土台が少なく、更に女子のスポーツ人口が少なければ運動能力に優れた女子は争奪戦となる。
そして悪いことに、日本の環境は複数のスポーツを同時に行う事を余り許さない。それはスポーツエリート教育を行っている日本体育協会が主導しているようなものである。
本来なら、スポーツエリートを小さいころから型に嵌めて教育することは、可能性を阻害している。幼少期からスタートして中学高校で一度挫折してしまえば容易に他のスポーツに移行できない仕組みは百害あって一利なしなのだが、その仕組みを変えようとしない。
それは男子も同じである。サッカーで優秀さを認められたら、日本では囲い込みが始まり他のスポーツを本格的にさせることは無い。能力が有れば小さい頃は複数のスポーツを経験すべきなのに、もてはやされる○○少女、○○少年というスポーツを冠とした英才教育である。
サッカー少年であっても野球をしても良いし、テニスやゴルフをやっても良い筈なのに、2又や3又が悪い事のように思われてしまう。
そこで出てくるのが、Jリーグの理念にもある、地域の総合スポーツクラブの核となるサッカークラブなのである。まだまだ、Jリーグのチームは本業の展開で資金力もなく投資が出来ていない。やはりここにお金が入りサッカーだけでは無く他のスポーツクラブを吸収して総合スポーツクラブを目指すべきなのである。
そこで、多くの子供が体を動かし、その中から自分の適性に合ったスポーツを続けていくのがベストだろう。その状況に成るまであと何年必要だろう。