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今朝の新聞は、お隣韓国の大統領が決まったニュースが中心になった。そのニュアンスは、日韓友好を目指すべきというところである。しかし、その友好もこちらが折れるばかりでは有効にはならない。お互いそれぞれの立場を尊重するのは当然のことであると思う。
しかし、新聞社の意図することは違うようである。その紙面から感じるのは過去の過ちを認めて隷属的にでも相手の非難を受け入れるべきだという考えである。確かに被害者、加害者という立場に鑑みれば日本的考えでは加害者が一方的に断罪されるべきであるという考えになるのだろうが、その歴史を考えるに一時的にも国という立場で併合されていた事実がある。その併合の方法がどうであれ朝鮮は日本の一部であった。
もし、過去の歴史を振り返り併合が悪であるならローマ帝国やオスマントルコ、チンギスハンが率いた蒙古は、併合した国の全てに謝罪する義務が未来永劫続くことを求めなければならないだろう。
もし、人間社会が正義にあふれ敗者が全てのものに謝罪する義務があるとするならば全世界の国々の多くは少なくともそういった義務があることを認めなければいけないだろう。
果たして、その戦争責任は未来永劫続くものなのか?はなはだ疑問に思うし、それを強要するが如し新聞社の正義感に疑問を持たざる負えない。
もし、人間社会が正義にあふれていればそういった論調は成り立つが、現実には正義が全てに行きわたっている訳でもないし、その正義という価値観は、勝者に有利に働くようにできている。更にそれに抗う人間は多く存在する社会において正義をつぶやくことはある意味念仏のようなものである。
すなわち唱えていれば救われるなら無意味なものでも唱えなければならない。先祖が犯した罪は未来永劫背負い贖罪を続けなければならないと洗脳しているだけである。
今、韓国にあるのは被害者としての立場であり、自分たちが失ったアイデンテティを取り戻すための行動に過ぎず、それを取り戻す唯一の標的が日本であるだけである。
果たして真の日韓友好が訪れるかというならば今後も無いというしかない。