組織の中にいる窮屈さ

朝晩の風の涼しさを感じる今日この頃です。あの暑さが懐かしく思える北海道です。

 暑さも峠を越し過ごしやすくなった頃、自然と回りも動き出し、俄かに忙しくなってきました。あれやこれや期限がある案件も、暑さの余り先延ばしをしてきた事ももう既にお尻に日がついてきた状態になってきました。これを書きながらあれやこれや思い出してきた所です。

 その仕事が忙しくなるにつれ、自分が所属する部署内の根回しや、他部署を巻き込んだ案件の根回しに疲れ徐々にストレスを溜め込むようになって来ました。これも大小に関わらず、組織全体を動かすために、組織内の人間全てに情報を伝達しなければなりません。
 しかし、そこで起こるのは、情報を伝達したはずなのに、聞いていない人間がいたり、逆にこちらが伝達を忘れたりということが有ります。
 すると途端に歯車がきしみ始め不協和音が聞こえ始めます。それが数人にのグループであれば、直ぐに修復が可能でしょうが、組織が大きくなると共に、その異音を発している場所を取り合えず無視して事業を行うことになります。

 しかし、その異音を発している所の手当てが送れ可動不能に陥れば目も当てられません。その処理に時間をとられ本体の進捗にも大いに影響すると言う自体になってしまいます。下手を打てば、事業そのものがストップして責任を取らざる終えない場合もあります。

 すると人間臆病になり、組織全体を動かすような事業を行いづらくなり、自分一人、或いは数人で行える事業を行おうと考えるようになってしまうのです。

 何時も思うのですが、自分と同じ位の能力がある人間がもう一人或いは必要な数だけいればどれだけ仕事が楽か。当然もう一人の人間は、自分に対して文句も言わずもくもくと仕事をこなしてくれるのです。

 そんな夢のようなことを考え、何時か山の中にこもり仙人のような生活をしてやろうと考えながら一日を過ごしているのです。