夜中から朝にかけて雨が降ったようだ。朝カーテンを開けると既に雨は小止みになったところだった。アスファルトの道路には小さな水溜りができていた。気温は低いままである。このまま梅雨に入っていきそうな勢いである。
北海道の景気の落ち込みは半端ではない。春先と比べ一段と景気後退しているのが実感としてわかってきた。実感で判るという事は、不景気が相当進んでいるという事である。今の暮らしは、頭上の嵐が収まるまで穴に篭ってじっとしている感じである。
この嵐をやり過ごすまで相当な時間蓄えを吐き出さざる終えない状況でどれだけ耐える事が出来るだろうか。それはかなり心配なレベルである。
アメリカでサブプライムローンの破綻が起った際、日本の総理大臣は、大見得を切った。日本は大丈夫。世界のために日本が景気回復の先導役を果たすと。
しかし、その言葉もただの大ぼらであった。今では、アメリカより危ない国と思われている。それもこれも、景気回復したのにも拘らず、金融引き締めを行わず低金利のまま円を世界に溢れさせた結果である。世界の金融危機も日本の輸出で儲けた金を日本で消費せず世界にばら撒いたからと思われている。
確かに、アメリカ国債を買い、日本に溜め込んだだけで満足し、その利益をアメリカの運用に任せ切りしていた責任は政府にあるだろう。アメリカにとって日本はいい金づるだった。日本人が労働で得た資金を、借用書を書けば何時でも貸してくれる都合の良い貸し手だったわけである。そのお金を元にアメリカ人は、浪費し、はたまた日本にやってきて日本の資産をさらに巻き上げようとしていたからである。何のことは無い、日本のお金で日本が買われていたようなものである。
辞め時は幾らでもあった。日本のバブルが弾け、景気後退したとき一度リセットすべきであった。それをせず、日本に外国資本を受け入れさらにそのために日本は金を湯水のように注ぎ込んだ。
それは何のことは無い、古くからのしがらみで銀行をつぶさないための方策だったからである。あの時大胆に銀行をつぶし整理して置けば少なくとも今の日本は無かっただろう。銀行を生き延びらせることで、多くの不良会社が生き延びてしまった。その時が今の日本の帰路だったのだろう。
もしこのまま自民党が政権を続ければ、何時まで経っても古いしがらみから逃れる事は出来ないだろう。日本として生き延びるためには、国民は本当に耐える時期に来たのかもしれない。もう既にその時期は逸したかもしれない。更に民主党に何を期待するでもないが、この危機に的確な手を打つには既得権益にとらわれない大胆な方策が必要である。