発達障害

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 昨日放送された「カンブリア宮殿」でニトリの社長が自分が発達障害てあったことを告白していた.

 発達障害という言葉は、平均的なレベルで多くの人が精神的に発達していくであろう部分に十分な発達を遂げていないという点から病名が付けられていると思う.

 全ての発達が平均を超えて居れば普通の人ということなのだが、この世の中に残念ながら普通の人は存在しない.人はそれぞれ個性というものを持っているためそれ自体がたと比べて異なっていることなのだから人は皆、発達障害であると言い換えてよい.

 しかし、個性では治療のしようがないので病名として発達障害とつけられたのだと思う.病気なら治療方法を研究でき堂々と治療することが可能だからである.

 それまでは個性あるいは変わった人のくくりで治療されずに曖昧な形で放っておかれただけだった.

 人は皆、発達障害の性質を備えているのだから何もすることは無いという意見もあるだろうが、人間が集団生活を送ることが必要ならその集団から排除される可能性がある.それを防ぐための予防策ともいえる.

 こう書いている自分が必ずしも普通の人のくくりの中に入っているのかもさえ怪しくなる.他人から普通の人と評価されているのは、自分の感情を表に出さず仮面をつける方法を身に着けているからだと思う.もしその仮面をはぎ取れば普通の人の範疇から逸脱する可能性もある.

 

 発達障害の病態は色々存在する.何故色々かというと感情の抑制のバランスが崩れているのが原因だからだと思う.この辺りは自説なのでご容赦いただきたい.

 感情は、喜怒哀楽というように表現されるように色々多岐にわたっている.そのどれかが欠点として現れれば色々な形が存在するだろうし、学習障害のように無意識に受け付けないということもある.この無意識の存在が厄介なのだと思う.この部分が自分にあるということを自覚していればそれを補う方法を編み出すことができるからである.

 無意識の状態でそれが発現してしまうため普通と違うと評価されてしまうのである.この無意識の発現を抑えることができれば発達障害とみなされないわけである.

 

 そこで「カンブリア宮殿」の話に戻るが、テレビに出演している似鳥社長は普通の人に見えるのは当たり前である.もしかすると社内では変わった人としての行動があるのかもしれないが、こういった成功をする人の多くは人と違った優れた判断力を備えているのだと思う.

 マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツも自ら発達障害であったと告白している.人と変わった個性があるから他と違った発想ができ、その部分を上手く個性として伸ばしていければ成功者として名を残すのだろう.

 それには、その人と違った個性を寛容する社会が必要であり、それを排除する社会ではそういった人は登場しないということである.

 

 集団社会において、無個性の人間が好まれることは確かである.それは、権力を持つ者が働きやすいからである.強力な個性を持つ者が加われば集団に波紋を広げ、それへの対応に追われてしまう.しのため為政者の負担を減じる方向に向かう.そして社会全体もそれが正しいという方向に向き、集団の中で異論を認めない人が現れるわけである.

 

 しかし、多くの人は自分のように仮面を被って日常生活を送っているのだろうと思う.集団生活に対応するために無個性になろうと生活している.それを良しとしている社会を導いている指導者の多くは、所謂発達障害の持ち主であろう.その未来の候補者である政治家の多くは、そういった仮面を半分くらい剥ぎ十ているのだと思う.そうでなければ、他者と区別されず消えてしまうからである.

 

 

 色々書いてきたが、自分は発達障害を研究している専門家ではない.上辺だけの知識で書いているわけで全てを知って書いているわけではない.