Colabo問題

 晴れ、気温はマイナス12度.冷凍庫に入ったような感じである.

 

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 この件、話題になったのはColabo側が名誉棄損で訴えた記者会見で有った.その中で弁護団の中の弁護士が、監査請求は一般人が行うべきではない.オンブズマンなどが行うべきでリーガルハラスメントなる言葉を使ったことからである.

 もしこのような記者会見まで開いて一般人を訴えるという行為をしなければこれ程大きな問題となることは無く話題は無くなっていっただろうと思う.

 Colabo側は、補助金をもらうにあたって会計資料を提出しているのだが、その内容が杜撰であるとの指摘を受けているにもかかわらず、何故か女性蔑視の方向で話題を作ろうとした.そこに見えるのは女性は虐げられている存在で弱い者いじめされている側であると情報操作しようとしている感がする.

 今回、東京都の監査事務局は2月末までに正しい会計資料を提出しなさいということで様子見となったわけであるが、その資料提出まで結論は出ないはずなのに更に弁護団は早々と勝利宣言を行った.これもまた世間一般に与える印象は良くない.雉も鳴かずば撃たれまいという諺があるようにおとなしくしていればというところだが、自分達に意見する者は全て敵という認識が強いようだ.全くもっておかしな団体の雰囲気を醸し出している.

 更に、色々話題がある中で色々他の本題も出てくるようだが、何故か新聞、テレビなどのマスコミはこの話題を無視しているようだ.その辺りこの周辺の団体がLGBTフェミニストなどの系列になるため下手に立ち回れば自分達に火の粉が降りかかることを恐れているようである.

 部落問題や宗教問題もそうであるが今までの歴史から抗議行動が苛烈であったことが経験則として染み込んでいるようである.その辺り、怖い物には蓋という形で過ぎ去るのを待てば問題ないという姿勢が却って自分達の首を絞めていることに気付かないことに驚いている.更に言えば、自分達も気付いているのだが、個人の保身のために大義を捨てるという根性が染み込んだ人たちが大勢を占めているのだろうと思う.自分達の緩やかな死を認めているのだと思う.

 

 女性の人権を守るという行為を否定するものでもない.ただし、それが極端になるにしたがってそれにより一部のものが差別を受けてしまうということに繋がる可能性がある.

 極端なことを言う人は、それまで曖昧にしていた人たちを引き付けてしまう.ある意味独裁者についていく民衆のようなものである.それが少数であっても過激な発言を繰り返せばそれが正当な主張となり意見を言わない大多数の人たちが大半であるにも関わらず無視できない意見となる.更に過激な故、反対意見を言う者を敵対視し攻撃的になる.集団を率いるためにはそれが当たり前の行動であり、優れた指導者と言われることも有るから恐ろしい話である.

 結局この話題はネットの中での話題として続くだけで世間一般のニュースとは成り得ないだろう.続報もネットの中で広がっていくだけだろう.今後もネットの中で話題として生き残り続けるなら既存のマスコミの敗北とも言えるのだろう.